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原田雅彦選手について



日本のスキージャンプ史を語るにあたって、原田雅彦(はらだまさひこ)選手の存在は避けて通れません。オリンピック、世界選手権通算で日本人最多の9個のメダルを獲得しており、1992年アルベールビル冬季オリンピックから5大会連続の冬季オリンピック出場を誇ります。また、そのジャンプスタイルや人柄の良さから、ヨーロッパで「Happy Harada」という愛称で呼ばれるなど、国内外でも人気のジャンパーでした。

原田選手の生い立ち

原田選手の生い立ち

北海道育ちの原田選手は小学3年生でスキージャンプを始めました。東海大学付属第四高等学校を卒業してからは雪印乳業(2013年現在、雪印メグミルク)に入社し、同社のスキー部にてスキージャンプ日本代表選手としてのキャリアを歩み始めます。

原田選手の戦績

原田選手は、5大会連続の冬季オリンピック出場や、多くのワールドカップでの優勝経験を持ち、日本のスキージャンプ界に多大な貢献をしてきました。冬季オリンピック、世界選手権を通じてラージヒルで初めて優勝したのも原田選手でした。長野オリンピックでは1回目のジャンプで失敗したものの、2回目のジャンプでは当時のバッケンレコードとなる137mのスーパージャンプを披露し、団体ラージヒルでの金メダルに貢献しました。

また、雪印乳業への愛社精神の強いサラリーマンとしても有名で、2006年の引退まで独立してのプロスキーヤーとしてではなく、雪印乳業スキー部の部員として活躍し、引退後も雪印メグミルクスキー部のコーチを務めるようになりました。

オリンピック出場歴

原田選手がオリンピックで残した功績を紹介します。

  • アルベールビル冬季オリンピック(1992年)個人ノーマルヒル 14位、個人ラージヒル 4位、団体ラージヒル 4位
  • リレハンメル冬季オリンピック(1994年)個人ノーマルヒル 55位、個人ラージヒル 13位、団体ラージヒル 2位
  • 長野冬季オリンピック(1998年)個人ノーマルヒル 5位、個人ラージヒル 3位、団体ラージヒル 優勝
  • ソルトレイクシティー冬季オリンピック(2002年)個人ノーマルヒル 20位、個人ラージヒル 20位、団体ラージヒル 5位

ワールドカップ出場など、主な戦歴

原田選手がワールドカップなどで残した功績を紹介します。

  • ノルディックスキー世界選手権 スウェーデン ファールン大会(1993年)個人ノーマルヒル 優勝、個人ラージヒル 4位、団体ラージヒル 5位
  • ノルディックスキー世界選手権 ノルウェー トロンハイム大会(1997年)個人ノーマルヒル 2位、個人ラージヒル 優勝、団体ラージヒル 2位
  • ノルディックスキー世界選手権 オーストリア ラムサウ大会(1999年)個人ノーマルヒル 3位、個人ラージヒル 6位、団体ラージヒル 2位

ドラマが付きものの原田選手

原田選手は、その実績と同時にドラマチックな展開に見舞われたことでも話題になりました。リレハンメル冬季オリンピックでは、金メダル確実と言われた団体ラージヒルのアンカーで失速ジャンプをしてしまい、金メダルを逃したとして一部から大バッシングを受けることになります。

こうした「本番に弱い」というネガティブなイメージが、世界選手権での優勝をもってしてもぬぐい去ることができないまま、長野冬季オリンピックを迎えることになりました。団体ラージヒルの1回目のジャンプでは80mに満たないジャンプで、リレハンメルと同じような結果になってしまうのではないかというムードが日本中を包みました。そうした中での2回目のジャンプで、137mという大ジャンプで金メダルに大きく近づき、日本中を感動の渦に巻き込む程の結果を残しました。こうした浮き沈みの激しさが原田選手の特徴でもあり、人気選手としての背景となっています。