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スキー・スノボ情報

里谷多英選手について



日本モーグル界の第一人者である里谷多英(さとやたえ)選手は、日本のウィンタースポーツを語る上で外すことはできません。長野冬季オリンピックでの金メダルは当時の日本に衝撃を与え、次のソルトレイクシティー冬季オリンピックでは銅メダル獲得、合計5大会連続の冬季オリンピック出場等、圧倒的な戦績を誇りました。2013年に惜しまれつつ引退しましたが、勝負師としての凄さは今でも語り継がれています。

里谷選手の生い立ち

里谷選手の生い立ち

北海道育ちの里谷選手は、その非凡な才能を幼少期から発揮していました。小学校5年でモーグルを始め、わずか1年後に全日本選手権で優勝しています。1991年からの全日本選手権では6連続優勝と、すでに別格の強さを見せつけていました。

里谷選手の戦績

1994年リレハンメル冬季オリンピックで初めてオリンピック出場を果たし、4年後の長野冬季オリンピックでは、日本人女子選手として初めて、冬季オリンピックでの金メダルを獲得しました。しかし、ここから里谷選手の戦績は思うように上がらず、左足首を骨折してしまう選手生命にかかわる故障をしてしまいます。それでも故障から復帰した里谷選手は、ソルトレイクシティー冬季オリンピックで銅メダルを獲得し、日本人女性選手として初めて冬季オリンピックで2つ目のメダルを獲得しました。バンクーバーオリンピックでは転倒もあり、結果こそ19位でしたが、その気迫のある滑走を評価する観客は少なくありませんでした。

オリンピック出場歴

里谷選手がオリンピックで残した功績を紹介します。

  • リレハンメル冬季オリンピック(1994年)女子モーグル 11位
  • 長野冬季オリンピック(1998年)女子モーグル 1位
  • ソルトレイクシティー冬季オリンピック(2002年)女子モーグル 3位
  • トリノ冬季オリンピック(2006年)女子モーグル 15位
  • バンクーバー冬季オリンピック(2010年)女子モーグル 19位

里谷選手にまつわる騒動

日本人の中で飛び抜けた戦績を誇る里谷選手ですが、大会でのパフォーマンスやプライベートでも騒動があった選手としても有名でした。長野冬季オリンピックで金メダル獲得直後にパフォーマンスとしてシャンパン一気飲みを披露した他、表彰式では国旗掲揚で脱帽をしなかったことが問題となり、日本オリンピック委員会に抗議が殺到しました。2005年には六本木のクラブで泥酔し警察沙汰に発展、全日本スキー連盟に強化選手から外してもらうよう直訴されています。このように里谷選手は賞賛とバッシングの両方を受けながらも、2013年の引退まで活躍しました。